2015年3月21日土曜日

戦争の犠牲者は「女」 『赤い天使』

『赤い天使』(1966年/増村保造監督)
【あらすじ】
看護婦が患者からセクハラを受けます。

個人的な趣味嗜好のハナシになるのですが、私が日本の映画監督で最も崇拝している人物こそ、増村保造その人であります。
理由は単純明快、彼の監督作品は「どれを観ても面白いから」です。
って、そんな監督ゴマンといらっしゃるわと申すなかれ。
もう少し真面目に答えるならば「世界で最も日本映画っぽくない日本映画を作る監督だから」でしょうか。
この辺のハナシは、私のベスト・オブ・マスムラ『くちづけ』の記事にて記すことにします。

そんな増村の作品を初めて観たのは大学一年生の頃でして、名画座で上映されていた『赤い天使』との遭遇がファースト・コンタクトとなりました。
な、なんちゅーすごい映画なんだ…そして、なんちゅーエロい映画なんだ…と、凄まじく感動したのをよく覚えております。(後に『刺青』というもっとエロい映画に出会うことになりますが・笑)

さて、『赤い天使』というタイトルを見聞きした際に、大抵の人々は、何故「赤い」と形容されているのか疑問に思うはずでしょう。
しかし、その疑問は映画本編を観れば容易に解決が成されます。
モノクロの映像。真っ白な白衣に飛び散った鮮血が、どす黒くにじんでいる。
『赤い天使』の「赤」は「血」を指しており、言い換えれば「血まみれの天使」とも言えるのです。

「血まみれの天使」という隠喩が込められているように、『赤い天使』は、どんな反戦プロパガンダ映画よりもストレートに「戦争は恐ろしいものである」と思わせます。
それは本作が「戦争スプラッター・ホラー」故に機能している部分であり、誰しも手や足が無くなるのは「嫌なこと」として、共通恐怖を描いているからこそでありましょう。

類似した恐怖を描いた映画にダルトン・トランボの『ジョニーは戦場へ行った』(71年)という作品もありましたが、『赤い天使』との相違点としては、戦場へ行った兵士の恐怖、つまり男性視点の恐怖が描かれている点です。
対して『赤い天使』は、戦争の底知れぬ恐怖を、女性視点から鋭く捉えてみせます。
加えて、阿鼻叫喚の地獄絵図の中で展開される、究極のラブストーリーとしても本作に意味を持たせています。

論点が逸れるのですが、『赤い天使』における若尾文子さん扮する西さくらの描き方には、増村保造監督らしいエロスとフェティズムが混在しています。
彼女が自身のことを「私」ではなく「西」という苗字で呼ぶのは、実に増村らしい描き方だと感じられます。
「世界の言語の中で「私」を意味する単語は、英独仏の「I」「Ich」「Je」にしても大体一つしかない」と述べていた増村。これは、そんな彼ならではのアプローチとも言えるでしょう。
思えば、劇中の「西が勝ちました」という名台詞は、増村作品のテーマとも言える「女」と「個」の特徴を秀逸に言い表しています。
一人称を苗字で呼ぶ女性が醸し出す甘美なフェティズムを、この時代に先取りして描いていた増村は、現代のオタク文化と通称される「萌え」の要素を、既に作品内で発見していたのかもしれません。
(それらの兆候は、『痴人の愛』(67年)や『でんきくらげ』(70年)、『しびれくらげ』(70年)等にも見受けることが出来ます)

普段は真面目な看護婦ながら、情事となると突然に「西を抱いてください!」「西の体に触ってください!」と甘えを見せる西さくら。
いやはや、弱いです、私。こういうツンデレな女性(笑)
未だ現実世界において、"一人称苗字女子"との遭遇は果たしておりませんが、そのツンデレな魅力を、死ぬまでに一度は味わいたい所存であります。
ということで、『赤い天使』が特にフランスでカルト的な人気を博しているのは、一人称が「Je」ではなく「Nishi」と表記されているからなのかもしれません、と言うのは、いくら何でも暴論でしょうか(笑)

ところで、若尾文子さんは完成した作品を、未だに観ていないそうです。
曰く「あまりにも酷たらしい現場だったから」というのが、その理由です。
この、西を演じた若尾さん本人が抱く嫌悪感こそ、女性にとっての戦争とは何かを抽象的に表しているのではないでしょうか。

戦争となれば病院も戦場と化します。
「生」に絶望し「性」の欲望に狂う男たち。男にとっての「天使」は居ても、女にとっての「天使」は存在しません。
さて、あなたは「天使」になれるでしょうか。そんな残酷な問いが聞こえてくるようです。

手や足が無くなることへの恐怖よりも、我々男性が感じ取らねばならぬ極論は、「戦争をやってはいけない。なぜなら女性が悲しむから」という、如何にも増村監督らしいテーマなのではないでしょうか。


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